Red Book – CH 10

第10課 逆接のつながりを示す(1) マニュアルとユーモアセンス

■ 本文を読む前に

・お店の人がお客に対して使う日本語で、何か変だと思うものがありますか。(学校で学んだ表現や文法と違うものや自国ではそういう言い方をしないものなど)

■ 本文

左の4コマ漫画を見て、 皆さんはどんなことを考えるだろうか。2コマ目を読んで、「そういえば’、 この日本語はよく聞くけど、考えてみれば変だ」 と思った人もいるだろう。店員にしてみたら、特に意識もせず、料理を提供する時の慣用表現のつもりなのだろう。しかし、「なる」 を使うのは理屈に合わないことは確かだ。客の中には、わざと揚げ足を取る人もいるだろう。店員も理屈に合わないことは承知しているので、反論もできず、ただ黙って引き下がるしかない。

客の言い分はもっともだとはいうものの、言葉がすべて理屈どおりに使われているわけでもない。指摘されれば変だと気がついても、なぜかそれを使うことがーつの「決まり」のようになってしまうことも少なくない。4コマ目を読んで、決まり文句をえいちいち指摘する客も客なら、それをまじめに受け取る店長も店長だ、と思う人もいるだろう。「何でもマニュアルに頼るのではなく、臨機応変に対応することこそ学ば んっければならない」と。このような意見が出てくる背景には、マニュアルという言葉がどちらかと言いと否定的に見られることが多いという事情がある。「マニュアル的な対応」と言えば、マニュアルに従って、 てきぱと対応することよりも、機械的な対応しかできない、融通が利かない、 という文脈で使われることが多い。

マニュアルは元々一定期間に、必要最低限の作業を、だれもが効率よく学習し、身につけるためのものだ。だから、お店の人の肩を持つなら、どんな問題が起こっても、だれもが素早く適切に処置できるようにマニュアルを作っておくというのは、店長としては当然の判断だと言える。それにしても、この漫画の場面で「マニュアルを作らなくては」につながるのは、まじめすぎてかえってこっけいに映る。頭をひねってみたところで、いい案が思い浮かぶとは思えない。せいぜい「失礼しましたと言って、正しい言い方に直す。決して反論はしない」といったくらいだろう。

それでは、マニュアルに頼らない臨機応変な対応とはどんなものだろう。実はこんな小話がある。レストランで食事をしていた客が料理の中に虫が入っているのに気がつき、店員を呼びつけて文句を言った。「おたくは三つ星レストランのくせに、客にこんなものを食わせるのか!」と、かんかんになって怒った。店員はさほど慌てる様子もなく、客の横に立ち、料理を隠したかと思ったら、素早く客の耳元に顔を近づけて「お客様、声が大きいです。ほかのお客に聞こえます。これはお客様だけの特別サーピスなんです」とささやいた。

実際にこんなことを言われたら、よほどジョークが分かる人でなければ、 笑って済ますことはできないし、店員もなぐられかねない。ジョークとしては笑えるが、ユーモアとは言い難い。笑いを誘うという点ではジョークもューモアも同じだが、ジョークはあくまでも言葉遣いのテクニックの一つで、その使い方によっては相手を楽しませる笑いにも、傷つける笑いにもなる。ユーモアはジョークの要素もあるのだが、もっと大切な社会的な役割を担っていると考えたい。失敗のない人はいない。どんなに用心していても問題は起こる。泣きたいほどつらい時もあるだろう。そんな時こそ笑いが救いになる。無責任な笑いではなく、どうしようもないせつなさや緊張感から解き放すための笑いである。そういう笑いを誘うものとしてユ ーモアがあるのだと思う。気まずい雰囲気を機転の利いた対応で切り抜けるユーモアセンスこそ、マニュアルどおりの対応しかできない頭に足りないものではないか。

あなたならどんなユーモアであのお客の揚げ足取りに対応するだろうか。その出来次第では、「なかなか面白いことを言うね。また食べに来るよ」と気に入られるかもしれない。

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